金貨の歴史
地金型金貨
地金型金貨(じがねがたきんか)とは、投資用に発行されている金貨の一種。
収集型金貨が金地金価格よりはるかに高額で売買されるのに対し、金地金の時価相当分に、少額の上乗せ金を加算した時価で売買される。この上乗せ金をプレミアムと言い、プレミアムの額は、含まれる金の純分によって決まる。純分1トロイオンスの金貨では5パーセント、1/2トロイオンスでは7パーセント、1/4トロイオンスでは9パーセント、1/10トロイオンスでは11パーセントとなっている。
また、額面が記載されているものもあり、この場合は、その発行国での その額面分の法定通貨としても使用可能である。これには、将来金価格が暴落した際の最低保障価格としての意味合いもある。
<スポンサードリンク>金貨の歴史
金は、
* 美しい黄色の光沢を放ち 見栄えがある事
* 希少性があり偽造が難しい事、
* 柔らかく加工しやすい事、
* 化学的に極めて安定しており 日常的な環境では錆びたり腐食しない事
などの理由で、古来、世界各地で貨幣の材料としても使用されてきた。
ただし、貨幣に使用する場合は、単体では柔らかすぎるため、銀、銅など他の金属との合金の形で利用されるのが普通。古代社会においては、エレクトラムといわれる、金、銀、白金などの自然合金が用いられた。近代社会では、 日本やアメリカ合衆国をはじめ、一般的には90%の金と10%の銀または銅の合金が用いられたが、イギリスでは22カラット(金91.67%)の標準金といわれる合金でソブリン金貨が、1817年から本位金貨として鋳造された。 また、流通を目的としない近年の地金型金貨、収集型金貨には純金製の物も存在する。
一般的に近代貨幣制度は1252年のフィレンツェにおけるフローリン金貨をもって始まると云われており、以後ヴェネツィアで1276年に後にドゥカート(ダカット)呼ばれる金貨が鋳造され、この2つの金貨が広く貿易に利用され、今日の貨幣経済を築いた。これらの金貨はともに品位は.875で、56グレインの量目を有していた。
金貨の世界的な流通は、やがて「金製の貨幣」としての貨幣価値にとどまらず、金という物質そのものと経済を連動させる制度 金本位制に発展する。
制度としての金本位制が崩れた現在、額面と含有純金価格の等しい本位金貨は発行されていない。
現在発行されている金貨は、すべて補助貨幣か、金地金の市場価格に連動して時価取引される地金型金貨か、金地金の価格を超える固定価格で発売される収集型金貨のいずれかになっている。
日本における変遷
日本では、淳和天皇の天平宝字4年(760)に開基勝宝(かいきしょうほう)という金銭が発行されている。1枚で、銀銭10枚に相当させている(続日本紀)。戦国時代に武田氏が発行したものある。流通貨幣ではないが、豊臣秀吉が作った天正大判は、世界最大級の金貨である(2004年10月に1000トロイオンスウィーン金貨が発売されるまでは世界一だった)。
江戸時代には小判、一分金などの金貨が流通していた。
明治時代になり、金本位制度が確立すると、銀行が発行する紙幣(日本銀行券)は、金貨との交換が可能で(兌換紙幣)、その価値が保証されていた。近代社会になって初めての金貨は1871年より発行された、20円、10円、5円、2円、1円金貨であった。その後1897年の貨幣法による新金貨は、20円、10円、5円金貨のみとなり、昭和の初期まで製造発行された。
以後は本位金貨の発行はなく、昭和天皇ご在位60周年記念の10万円金貨は、久しぶりに発行された金貨ではあったが、補助通貨であり、20枚までの限定した強制通用力しか有していない。
その後偽造金貨などの問題(昭和天皇即位60年記念金貨大量偽造事件)が発生したため、現在日本で発行されているのは、収集型金貨だけである。(参考:1円,5円,10円,50円,100円,500円硬貨)